近年、ご家族と暮らすどうぶつたちの高齢化やライフスタイルの変化、診断技術の向上などの獣医療の進歩に伴い、がんであると診断されるどうぶつが増えてきています。
がんの治療は、外科手術や抗がん剤治療、放射線治療など、がんそのものをやっつけるための治療に目が向きがちですが、実はそれらの治療を成功に導くためには、「がんに負けない体作り」を同時に行うことがたいへん重要です。具体的には「適切な栄養を摂取して体力を維持すること」や、「がんと闘う免疫力を維持すること」などですが、そのためには、日常生活の中でおこなう家での看護が重要な役割を果たします。がんと闘うどうぶつたちが、少しでも辛さから解放され、明るくて楽しい毎日を送るために、どのようなサポートができるのでしょうか。今回は、がんを患うどうぶつの多くが悩まされる「がんの痛み」についてのお話です。
がんの痛み(癌性疼痛)とは
人のがんと同様、犬や猫のがんも、全てではありませんが、痛みを伴うといわれています。がんのどうぶつが感じる痛みの原因には次のようなものがあります。
1.がんそのものが原因となる痛み
がんの痛みの約7割が、がん自体が周囲の組織に広がることで生じる痛みだといわれています。 特にがんが骨転移を起こしたときの痛みや、神経を圧迫したときの痛みは強く感じられるようです。
2.がんに関連した痛み
がんが間接的な原因となる痛みです。長時間寝たきりになることで起こる褥創(じょくそう=床ずれ)の痛みや、筋肉が痩せたり関節がこわばったりすることによる痛み、消化管の動きが悪くなるために起こる腹痛などが含まれます。
3.がんの検査や治療に伴う痛み
がんの組織の一部を採取して病理検査を行う、生検のような侵襲(しんしゅう)※を伴う検査が痛みの原因となる場合があります。また、外科手術による傷、抗がん剤治療の副作用による口内炎や腸炎、放射線治療に伴う口内炎や腸炎、皮膚炎なども痛みの原因となることがあります。
※侵襲(しんしゅう)とは、病気や外傷だけではなく、手術や検査などの医療処置のための切開や切除など、体に何らかの変化や痛み、障害をもたらすこと全てを指します。
4.がん以外の併発疾患による痛み
もともと持病として持っていた腰痛や関節痛、歯肉炎などが痛みの原因となることもあります。
犬や猫のようなどうぶつにおいて、どのようながんが痛みを伴うことが多いのかについての詳細な研究は報告されていませんが、人のがんの研究からの類推で、次のような がんでは特に痛みを伴うことが多いと考えられています。
・骨腫瘍(骨肉腫やさまざまながんの骨転移)
・神経系腫瘍(脳腫瘍や脊髄の腫瘍など)
・消化器系腫瘍(食道、胃、大腸、直腸腫瘍など)
・泌尿生殖器系腫瘍(腎臓、膀胱の腫瘍、前立腺腫瘍など)
・口腔内腫瘍
・鼻腔内腫瘍
・浸潤(※)性の皮膚腫瘍
・炎症性乳がん
※浸潤(しんじゅん)とは、病巣が発生したところの組織層を徐々に侵しながら、周囲の健康な組織内にまで増殖していく状態を指します。
がんの痛みをおさえることの重要性
がんによる痛みを抱えるどうぶつは、食欲がなくなったり、睡眠がとれなくなったり、動かなくなることで体力や筋力が落ちて、衰弱し病気と闘う力がなくなってしまいます。また、持続する痛みによって血圧が上がったり、脈拍や呼吸が速くなるなど、体に生理的な悪影響が及ぼされる場合もあります。
痛みを治療することは、どうぶつのQOL(quality of life:生活の質)を上げるだけではなく、がんの治療を成功させる体力を維持し、治療による副作用を最小限に抑えるためにも、たいへん重要な役割を果たすのです。
また、長期間にわたって痛みを我慢していると、痛みの感覚に敏感になったり、痛みが増強されて、「強い痛み」として感じられるようになってしまい、鎮痛剤が効きづらくなり、痛みの治療が困難になってしまうことがあります。そのため、痛みの治療はできるだけ早期に始めることが勧められています。現在では、がんによる痛みの多くは早期から適切な治療を受けることで緩和することができるといわれています。
痛みのサインを見逃さない
犬や猫などは、痛みを感じても「痛い」ということを言葉で伝えることはできません。また、どうぶつは本能的に自己防衛のために痛みを隠す傾向がありますので、痛みがかなり強くなるまで外見上の大きな変化が見られないこともあります。
このようなことからいっても、どうぶつが痛みを感じているかどうかを的確に評価するのは難しいのですが、多くのどうぶつが痛みを感じているとき、次にあげたような行動やしぐさの変化(「痛みのサイン」)が見られるといわれています。適切な時期に効果的な痛みの治療を始められるよう、日常生活の中のささいな変化を見逃さないようにしましょう。
◇どうぶつの痛みのサイン
・食欲が落ちる
・いつもより元気がない、動きたがらない
・好きなことに興味を示さない
・表情が暗い
・のろのろ歩いたり、跛行(はこう)がみられるなど、歩き方がおかしい
・体に触れると体を固くしたり、鳴いたりうなったりする
・体の一部をしつこく舐めたり噛んだりしている
・背中を丸めた姿勢をしている
・性格の変化がみられる(怒りっぽくなる、イライラした様子、無気力になる、など)
・呼吸が荒い
・トイレを失敗する
痛みをとるための薬物治療
現在、犬や猫のがんの痛みをコントロールするために使用されている鎮痛薬には次のようなものがあります。
分類 | 薬剤名 | 形態 | 使用できる動物 |
---|---|---|---|
非ステロイド系抗炎症剤 (NSAIDs) |
カルプロフェン メロキシカム フィロコキシブ テポキサリン |
注射薬・飲み薬 注射薬・飲み薬 飲み薬 飲み薬 |
犬 犬・猫 犬 犬 |
オピオイド鎮痛薬 非麻薬性オピオイド鎮痛薬 |
ブトルファノール ブプレノルフィン トラマドール |
注射薬 注射薬・座薬 注射薬 |
犬・猫 犬・猫 犬・猫 |
オピオイド鎮痛薬 麻薬性オピオイド鎮痛薬 |
モルヒネ フェンタニル |
注射薬・飲み薬 注射薬・張り薬 |
犬・猫 犬・猫 |
このような鎮痛薬の他、鎮痛薬の効果を高めたり、鎮痛薬で抑えきれない痛みに対して補助的な鎮痛効果を得る目的で、各種の鎮静剤や抗けいれん薬、局所麻酔薬などを併用することもあります。
世界保健機構(WHO)は、人の疼痛管理(痛みの治療)のアプローチ法として、「三段階除痛ラダー」というものを提案しています。痛みの程度に応じて、三段階の治療ステップが示されています。どうぶつのがんの疼痛管理においても、このようなアプローチに基づいて治療が行われるようになってきています。
第1段階(軽度の痛み) | 非オピオイド鎮痛薬(非ステロイド系抗炎症剤など) ±鎮痛補助薬 |
---|---|
第2段階(中等度の痛み) | 非オピオイド鎮痛薬(非ステロイド系抗炎症剤など)と弱オピオイド鎮痛薬の併用 ±鎮痛補助薬 |
第3段階(重度の痛み) | 強オピオイド鎮痛薬(モルヒネなど) ±鎮痛補助薬 |
強力な作用を持つオピオイド鎮痛薬の多くは「麻薬」に指定されており、麻薬使用者免許を取得した獣医師しか処方することができません。麻薬性鎮痛薬を使用した治療を受けるためには、麻薬施用者免許を持つ獣医師のいる動物病院を受診する必要があります。
【痛みを和らげるためにお家でできること】
1.寝床の工夫
痛みを抱えるどうぶつは、どうしても寝たり休んだりする時間が多くなりますので、寝床の環境は重要です。老齢の犬で夜鳴きが見られたときに、ベッドの素材を変えただけで夜鳴きが軽減するケースも見られますが、これは、寝ている時の痛みが夜鳴きの原因になっていたことが考えられます。また、ベッドの素材が硬すぎると、腰や関節に負担がかかり痛みの原因となることがあります。頻繁に寝返りをうたないと褥創ができやすくなり、ずっと同じ姿勢で寝ていると筋肉や関節がこわばって、それもまた痛みの原因となります。
適度な軟らかさのある素材のベッドを利用し、自分で寝返りのうてないどうぶつの場合には、定期的に寝がえりをさせて姿勢を変えてあげるようにしましょう。
また、関節や筋肉がこわばらないよう、関節の曲げ伸ばし運動をしてあげると良いでしょう。がん自体の痛みは、特定の姿勢をとったときに起こったり、強くなったりする場合もあります。どうぶつが嫌がる姿勢は避け、快適な姿勢が保てるように、クッションなどを利用して工夫していただくのも良いでしょう。
2.さする
お腹が痛い時にお腹をさすったり、足や手をぶつけたときに患部をさすることで痛みが和らいだという経験をしたことのある方は多いと思います。この「痛いところをさすると痛みが和らぐ」ということには、きちんとした科学的な根拠があります。
痛みの情報は、体のあちこちに分布している、感覚を伝える神経を通って脊髄に送られ、そこから脳へ伝達されます。感覚を伝える神経には細い神経と太い神経があり、細い神経は痛みを、太い神経は触覚(さする刺激)や圧覚(押す刺激)などを伝えます。
脊髄には、痛みの信号を送る量を調節するゲート(門)があり、触覚や圧覚などの太い神経からの刺激は、そのゲートを閉じて、痛みを伝える細い神経からの刺激を伝わりづらくするように働きます。そのため、痛いところをさすると、痛みの刺激が脳へ伝わりづらくなり、痛みが和らぐのです。これは「ゲートコントロール説」と呼ばれています。
言葉を話さないどうぶつがどこを痛がっているのかというのを知るのは難しい場合もありますが、さすってあげることで気持ち良さそうにする部位をみつけて、ぜひさすってあげて下さい。大好きな飼い主さんにさすってもらうことは、それだけでもどうぶつにとって嬉しいことのはずです。
ただし、状況によって、あるいは場所によって、触ることにより過度に刺激を与えない方が良い場合もあります。判断に迷う場合には、主治医の先生に相談してから行うようにしましょう。
3.温める
痛みがあると、筋肉が緊張します。筋肉が緊張すると血流が悪くなり、痛みのもととなる物質や老廃物がたまりやすくなり、さらに痛みを引き起こします。温めることには、筋肉の緊張をほぐし、血液の流れを良くすることで、痛みのもととなる物質や老廃物を取り除きやすくするという効果があります。
痛いところを温めるためには、温タオルや市販のホットパック、カイロ、温灸などを利用する方法があります。ただし、いずれの場合も、低温やけどに注意しましょう。腹痛や腰痛を起こしやすいどうぶつには、嫌がらなければ腹巻などをしてあげるのも良いでしょう。
気温の低い時期は、寝床が冷えないようにする工夫も必要でしょう。
なお、炎症の急性期(腫れや赤み、熱感がある場合など)には温めるよりも冷やすことが必要です。判断に迷う場合には、主治医の先生に相談してから行うようにしましょう。
4.マッサージ
犬や猫にもマッサージを行うことができます。痛みのある部分をマッサージすることで血液の流れを良くし、痛みを軽減します。上述の「さする」と同様の効果も得られます。また、大好きな飼い主さんにマッサージをしてもらうことは、どうぶつ精神的な安定のためにもとても効果があります。犬でしたら、犬の好む香りの精油(エッセンシャルオイル)を使って、アロママッサージをしてあげるのも良いでしょう。ただし、猫は中毒を起こす可能性がありますので、精油(エッセンシャルオイル)やマッサージオイルの使用は避けるようにしましょう。また、犬に利用する際にも、希釈濃度等には十分にご注意ください。
5.痛みを強く感じさせないために
好きなことに熱中していたり楽しい気分のときは痛みを忘れ、疲れていたり気分が落ち込んでいるときには痛みを強く感じる、といったことを経験したことがある方は多いと思います。痛みの感じ方は、心や体の状態によって、ずいぶん変わってくるものです。一般的に、人の痛みの感じやすさは、次のような心や体の状態に影響されると言われています。
痛みを感じやすい |
悲しい さびしい 怖い 不安を感じる 落ち込んでいる イライラしている 疲れている よく眠れない 不快感がある |
痛みを感じづらい |
楽しい うれしい 気持ちが良い リラックスしている 心が穏やか 何かに熱中している よく眠れる よく休息がとれる |
これは、犬や猫などのどうぶつも同じだと考えられています。我が子が喜ぶこと、気持ちが良いと感じること、リラックスできることを探してあげましょう。気分転換になるような遊びに誘ってあげるのも良いでしょう。快適に眠れて安心して休める環境をつくってあげることも大事です。何より犬猫は飼い主さんの笑顔が大好きです。我が子の病状を心配するあまり飼い主さんが笑顔を忘れてしまうと、犬猫は不安になってしまいます。大好きな飼い主さんの元気な笑顔を我が子にたくさん見せてあげましょう。
※コメント欄は、同じ病気で闘病中など、飼い主様同士のコミュニケーションにご活用ください!記事へのご意見・ご感想もお待ちしております。
※個別のご相談をいただいても、ご回答にはお時間を頂戴する場合がございます。どうぶつに異常がみられる際は、時間が経つにつれて状態が悪化してしまうこともございますので、お早目にかかりつけの動物病院にご相談ください。
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