ターミナルケアで行われる医療行為は、病気の原因そのものを治療し完治させたり、延命を行うことを目的とするのではなく、今どうぶつを苦しめている症状をできる限り緩和させ、できるだけ穏やかに日常生活が送れるようにサポートすることを目的とします。
最も重視されるのは痛みや辛さ、精神的な不安を取り除くことであり、状態に合わせて、どうぶつに負担をかけずに症状を緩和させるための治療法を選択していきます。
治療法は一つではなく様々な方法があり、介護するご家族の負担も考慮しながら、それぞれのどうぶつに応じてオーダーメイドの治療を行います。
我が家の大切な子に適したサポートのため、主治医の先生や動物病院のスタッフの方とコミュニケーションをとり、何でも話し合える関係を作っておくことが望ましいでしょう。
ターミナルケアで行われる治療には、次のようなものがあります。
痛みに対する治療
痛みを抱えるどうぶつは、食欲がなくなったり、睡眠が取れなくなったりすることで体力や筋力が落ちて、衰弱し病気と闘う力がなくなってしまいます。また、持続する痛みによって血圧が上がる、脈拍や呼吸が速くなるなど、体に生理的な悪影響が及ぼされることもあります。
痛みはどうぶつのQOL(quality of life:生活の質)を著しく低下させるものであり、痛みに対する適切な治療を行うことはターミナルケアでもっとも重要なことといえます。
痛みを緩和させる治療には、非ステロイド系抗炎症剤、非麻薬性オピオイド鎮痛薬、麻薬性オピオイド鎮痛薬(モルヒネなど)などの薬物を、痛みの程度に応じ選択して使用します。このような鎮痛薬の他、鎮痛薬の効果を高めたり、鎮痛薬で抑えきれない痛みに対して補助的な鎮痛効果を得る目的で、各種の鎮静剤や抗けいれん薬、局所麻酔薬などを併用することもあります。これらの薬物には、注射薬や経口薬(飲み薬)、座薬、貼り薬など様々な形態がありますので、状況に応じて選択します。
■痛みの治療でよく使用される薬剤
・非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs)
カルプロフェン(リマダイル など)
メロキシカム(メタカム など)
フィロコキシブ(プレビコックス など)
テポキサリン(ズブリン など)
・非麻薬性オピオイド鎮痛薬
ブトルファノール(ベトルファール など)
ブプレノルフィン(レペタン など)
トラマドール
・麻薬性オピオイド鎮痛薬*
モルヒネ
フェンタニル
*強力な作用を持つオピオイド鎮痛薬の多くは「麻薬」に指定されており、麻薬施用者免許を取得した獣医師にしか処方することができません。麻薬性鎮痛薬を使用した治療を受けるためには、麻薬施用者免許を持つ獣医師のいる動物病院を受診する必要があります。
吐き気に対する治療
吐き気も痛みと並んでターミナル期によく見られる辛い症状の一つです。
吐き気の原因には、胃腸疾患、腎疾患、肝疾患、腫瘍、膵炎、糖尿病など様々な病気に伴うものや、鎮痛剤や抗癌剤などの薬物治療に伴うものなどがあります。できるかぎり吐き気の原因を特定し、可能であればその原因に対する治療を行いますが、それが難しい場合には、それぞれの原因に応じて吐き気の症状を抑えるために最も効果的だと考えられる薬剤を対症療法的に使用して治療を行います。
■吐き気の治療でよく使用される薬剤
・中枢性(脳に作用して)に、吐き気を抑える薬
プリンペラン(メトクロプラミド など)
プロクロルペラジン(ノバミン など)
マロピタント(セレニア など)
ドンペリドン(ナウゼリン など)
・お腹の動きをよくして吐き気を抑える薬
プリンペラン(メトクロプラミド など)
ドンペリドン(ナウゼリン など)
・炎症に起因する吐き気を抑える薬
ステロイド薬(プレドニゾロン など)
・その他
胃薬(胃粘膜保護剤やH2ブロッカー)、整腸剤 など
痙攣(けいれん)や神経症状に対する治療
痙攣や神経症状、意識障害などもターミナル期になるとよく見られる症状です。
これらの症状は、呼吸不全に伴う低酸素血症や肝不全に伴う高アンモニア血症、腎不全に伴う尿毒症など、様々な原因で起こる可能性があります。原因に対する治療が可能な場合にはできる限り行いますが、ターミナル期にはそれが難しいことも多いため、痙攣を抑えるための抗痙攣薬や鎮静剤などを使用した対症療法を行うことになります。病院では、最も効果が早くみられる注射で行うことが一般的です。一方、自宅で看護している場合には、注射より効果が出るまで時間は要しますが、比較的効果が早くみられる座薬を使用することもできます。意識障害や痙攣などがみられると、どうぶつがひどく苦しんでいるのではないかと心配になりますが、意識を失っている間はどうぶつは苦しみや痛みを感じていないといわれますので、落ち着いて対処してあげて下さい。
■痙攣や神経症状の治療でよく使用される薬剤
フェノバルビタール(フェノバール など)
ジアゼパム(セルシン、ダイアップ座薬 など)
ゾニサミド(エクセグラン、コンセーブ錠 など)
臭化カリウム など
呼吸困難に対する治療
ターミナル期に見られる呼吸困難は様々な原因で起こります。
呼吸困難の原因が特定できてその原因を取り除く治療が可能な場合には、その原因に対する治療を行います。例えば、胸水や腹水の貯留が原因の呼吸困難の場合は、利尿剤の投与や穿刺(せんし)(※)して貯留液を抜き取る処置を行います。
気管支炎や肺炎が原因の場合は、抗生物質や抗炎症剤の投与などを行います。重度の貧血が原因の場合には、出血の原因を特定し治療を行ったり、輸血を検討します。持病(気管支炎、喘息、心疾患など)の悪化による影響が原因と考えられる場合にはそれぞれの疾患の治療を行います。
原因療法と並行して、あるいは呼吸困難の症状を引き起こしている原因を取り除くのが難しい場合には、少しでも呼吸を楽にさせ息苦しさを和らげるための治療を行います。その一つが酸素療法です。
空気よりも高濃度の酸素を吸わせることで、低酸素状態になっている組織に酸素を供給し、息苦しいという自覚症状を和らげます。どうぶつの酸素療法は、多くの場合ケージ自体の酸素濃度を調整した酸素室を利用します。動物病院さんの中には酸素療法を行うことができるICUケージの設備を持つ病院があり、入院中はそのようなケージを利用して酸素療法を行います。
自宅で看護している場合には、飼い主さん向けに酸素濃縮器や酸素ボンベ、酸素ケージをレンタルしている業者さんがありますので、自宅で酸素療法を行うこともできます。
また対症療法として、気管支拡張剤や鎮咳(ちんがい)剤、去痰(きょたん)剤、抗炎症剤、ステロイドなどを使用して呼吸が楽になるような薬物療法を行います。息苦しいという自覚症状を緩和させるために鎮静剤を使用する場合もあります。
※穿刺とは体内の液体を除去する目的で注射針などを刺すことをいいます。
輸液療法
輸液療法は、一般的に、脱水や電解質バランスを改善させるために行われます。食事や飲水が十分にできない場合、下痢や嘔吐がある場合、腎不全の場合などには脱水症状を起こしやすくなります。
脱水症状がひどくなると、循環状態(全身の血液循環の状態)や尿毒症を悪化させるなど辛い症状を引き起こします。輸液によって水分を補給し脱水を改善させることは、どうぶつの一般状態(体温、食欲や嘔吐の有無や便の状態など)を改善するために有効です。また、嘔吐があったり嫌がったりするなどで薬の経口投与(口から飲ませること)が難しい場合などに、薬剤を輸液剤に混ぜて投与することができるというメリットもあります。
どうぶつで一般的に行われる水分補給を目的とした輸液療法の方法としては、静脈輸液と皮下輸液の2種類があります。
1.静脈輸液
静脈の血管に留置針(軟らかいシリコンの針)を挿入して固定し、静脈に直接輸液剤を投与します。輸液剤はゆっくりとしたスピードでしか投与できないため、必要量を十分に投与するには長時間かかります。そのため、入院(日帰り入院も含む)が必要ですが、体の状態に合わせて必要な輸液量を調節しながら直接血管に投与できるので、とても効果的な方法です。
2.皮下輸液
どうぶつの背中(肩甲骨と肩甲骨の間あたり)の皮膚の下(皮下組織)に針を刺し、輸液剤(生理食塩水やリンゲル液など)を投与します。比較的短時間でできるため通院(外来)で行ったり、方法を指導してもらって飼い主さんが自宅ですることもできます。皮下組織に輸液剤を一度に投与しますので、投与部位が一時的に水ぶくれのように腫れますが、時間とともに吸収されていきます。入院や通院がどうぶつにとってストレスになると考えられる場合には、短時間の通院あるいは自宅でできる皮下輸液が適しています。
静脈輸液と皮下輸液では、それぞれ使用できる輸液剤や添加できる薬剤、糖分の量などが異なります。静脈輸液と皮下輸液のどちらが適しているかは、そのときの状態やどうぶつの性格(入院や通院がストレスにならないかどうかなど)、飼い主さんの都合(通院あるいは入院の送り迎え、自宅での皮下輸液処置や経過観察が可能かどうかなど)によっても異なります。主治医の先生とよくご相談の上、どうぶつと飼い主さんにとって最も負担にならない方法をとるようにしていただくとよいでしょう。
本当に最期を迎えようとしているときの輸液療法の効果については、人の緩和医療でも賛否両論あるようです。輸液を行うことが苦痛の緩和になっているかどうか、どうぶつの状態をよく見極めて行う必要があるでしょう。
また、十分な食事がとれなくなった場合に栄養分やカロリーの補給を目的として行われる輸液療法(高カロリー輸液)もあります。この場合の輸液剤には、高濃度の糖分やアミノ酸、脂肪分などが含まれたものを使用します。一般的に高カロリー輸液は、末梢の細い静脈を利用した静脈輸液や皮下輸液で行うことはできず、中心静脈といわれる心臓の近くにある太い静脈に専用のカテーテルを入れて行うため、通常、入院で行います。高カロリー輸液を行うことで栄養的なサポートをしてあげることが可能ですが、ターミナル期のどうぶつには、状態によって無理な栄養補給がかえって身体の負担になる場合もありますのでよく 検討してから行う必要があります。
経管栄養
「経管栄養」とは、体外から消化管内にカテーテル(チューブ)を用いて流動食を投与する方法です。犬や猫で一般的に行われるのは、経鼻食道チューブ、食道瘻(しょくどうろう)チューブ、胃瘻(いろう)チューブを利用する方法です。どうぶつの食欲にかかわらず栄養的に望ましい食事を確実に摂取させることができます。また、投薬を嫌がるどうぶつの場合にも、チューブからストレスなく投薬が行えるという利点もあります。一方で、経食道チューブや胃瘻チューブの装着には鎮静や麻酔処置が必要となり、どうぶつの状態によってはリスクを伴うこともあります。
次にどうぶつで行われることの多い経管栄養法を次に挙げます。
1.鼻食道チューブ
鼻から細いチューブを入れて食道まで到達させ、留置します。通常全身麻酔なしで挿入できるので、全身麻酔のリスクの高いどうぶつでも設置できるという利点があります。
鼻から挿入するため細いチューブを利用しますので、投与できるのは液体状の流動食のみです。嘔吐したときには食道内でチューブが反転し、口から出てしまうことがあるため注意が必要です。
鼻から出たチューブは頭の上で固定しますが、どうぶつによっては気にしてストレスになる場合があります。通常3日から1週間程度の給餌に利用され、長期間の留置には向きません。
2.食道瘻チューブ
首の横に穴をあけてチューブを挿入し、食道まで到達させて留置します。全身麻酔が必要ですが、内視鏡等も必要とせず、比較的短時間で設置できます。太めのチューブを設置できるため、液体状の物だけではなく、ドロドロにした缶詰やミキサーにかけたフードなども与えることができます。
どうぶつが留置したチューブを気にすることも少なく、ストレスの少ない方法の一つです。食欲が戻れば、いつでも抜去することができます。一般的には数週間から数カ月の給餌に利用されます。
なお、食道疾患のあるどうぶつでは利用することはできません。免疫力の落ちているどうぶつでは、挿入部位の感染に注意が必要です。
3.胃瘻チューブ
全身麻酔をかけ、内視鏡を利用して胃に専用のチューブを設置します。太めのチューブを設置できるため、液体状のものだけではなく、ドロドロにした缶詰やミキサーにかけたフードなども与えることができます。どうぶつが留置したチューブを気にすることも少なく、ストレスの少ない方法の一つです。食欲が戻れば抜去することができますが、設置後2週間は抜去できません。これは、胃壁と皮膚が十分に癒着しないと、チューブから入れる食事が漏れ、腹膜炎を起こすことがあるためです。
一般的には数週間から数カ月の給餌に利用されます。感染や腹膜炎に注意が必要です。
食欲の落ちたどうぶつに適切な栄養を取らせるためには経管栄養はとても効果的な方法です。
しかし、このような方法はどうぶつの意思とは関係なく、食事を強制的にとらせることになりますので、ターミナル期にあるどうぶつにそのような方法をとることが適切かどうかは、よく検討する必要があります。口腔内や咽頭の腫瘍が邪魔をして食事が摂れない場合や、口や喉の麻痺などで食事が摂れない場合など、どうぶつが「食べたい」、あるいは「お腹がすいた」と感じているのに食べられないという状況の場合には経管栄養は有効な方法だといえるでしょう。また、栄養をきちんと取らせることで、どうぶつの「辛い」「苦しい」という状況をできる限り緩和し、場合によってはそのような状況に陥る時間を短くしてあげられる可能性もあります。
しかし、経管栄養を行うこと自体が、ターミナル期のどうぶつにとってストレスになる場合もありますし、数日で最期を迎えようとしているどうぶつにとっては、無理な栄養補給がかえって負担になる場合もあります。どうぶつの状況をよく見ながら判断する必要があるでしょう。
その他
ターミナル期に起こりやすい病気(尿路感染や呼吸器感染、褥創、皮膚炎など)に対しての治療を状況に応じて行います。
※個別のご相談をいただいても、ご回答にはお時間を頂戴する場合がございます。どうぶつに異常がみられる際は、時間が経つにつれて状態が悪化してしまうこともございますので、お早目にかかりつけの動物病院にご相談ください。
お近くの動物病院をお探しの方はこちらアニコム損保動物病院検索サイト