近年、ご家族と暮らすどうぶつたちの高齢化やライフスタイルの変化、診断技術の向上などの 獣医療の進歩に伴い、がんであると診断されるどうぶつが増えてきています。
がんの治療は、外科手術や抗がん剤治療、放射線治療など、がんそのものをやっつけるための治療に目が向きがちですが、実はそれらの治療を成功に導くためには、「がんに負けない体作り」を同時に行うことがたいへん重要です。
具体的には「適切な栄養を摂取して体力を維持すること」や、「がんと闘う免疫力を維持すること」などですが、そのためには、日常生活の中でおこなう家での看護が重要な役割を果たします。がんと闘うどうぶつたちが、少しでも辛さから解放され、明るくて楽しい毎日を送るために、どのようなサポートができるのでしょうか。
今回は、「がんに負けない体づくり」を食事の観点からご紹介します。
食べても痩せてしまう・・・「がん性悪液質」について
がんの症状は、がんの種類や発生した場所、ステージ(進行段階)、転移の有無などによりそれぞれ異なりますが、共通して、進行すると「食欲不振」、「ひどく痩せてくる」、「衰弱」、「貧血」などの症状がみられます。がん細胞から分泌される物質(サイトカイン)の影響で、代謝系、免疫系、内分泌系、脳神経系など、さまざまな所に異常が生じることが原因だと考えられ、「がん性悪液質(あくえきしつ)」と呼ばれます。
がんを発症すると、炭水化物、タンパク質、脂肪など栄養素の代謝が、健康なときとは変わるため、十分に栄養を摂っているように見えても痩せてきてしまいます。そのため発症した初期段階からしっかりとした栄養管理を行うことが重要です。
がんを発症したどうぶつに必要な栄養素について
上述のように、がんを発症したどうぶつでは、栄養素の代謝が健康なときと変わってきます。
がんに負けない体を作るために、どのような点に気を付けたら良いのでしょうか。
1.炭水化物(ブドウ糖など)
炭水化物(ブドウ糖など)はエネルギー源としてたいへん重要な栄養素です。
どうぶつががんにかかったときに最も大きな代謝の変化が生じるのは、この炭水化物(ブドウ糖 など)です。がん細胞は好んで炭水化物(ブドウ糖など)をエネルギー源として利用します。 健康などうぶつとは違う経路で炭水化物(ブドウ糖など)を代謝し、最終産物として乳酸を産生します。乳酸は体内で再びブドウ糖に還元されますが、乳酸をブドウ糖に還元するためにはエネルギーが必要です。つまり、がん細胞が炭水化物(ブドウ糖など)を代謝する度にどうぶつの身体からエネルギーが奪われてしまうという現象が起こるのです。これでは「栄養を摂っているのに、ますます消耗してしまう」ということになってしまいます。そのため、「がんを発症したどうぶつには炭水化物の多い食事を与えることを控えた方が良い」とされています。
2.タンパク質(アミノ酸)
たんぱく質を構成しているのがアミノ酸です。がん細胞は生存と増殖のためにはタンパク質(アミノ酸)を必要とします。がん細胞は必要なタンパク質(アミノ酸)の供給量が足りなくなるとどうぶつの体から必要なアミノ酸を奪い取るようになります。そのため、体内のタンパク質 (アミノ酸)の量が不足すると、「筋肉量が減少する」、「免疫機能や消化管機能が落ちる」、「傷の治りが悪くなる」というような影響が出てきます。したがって、がんを発症したどうぶつには、生体利用効率(※)の高い良質なタンパク質を、多過ぎもせず少な過ぎもしない過不足ない量、与える必要があります。
また、次の通り、幾つかのアミノ酸が、がん細胞の増殖を抑えたり、がん治療の副作用を軽減したりする効果を持つことが分かってきています。
※生体利用効率とは、摂取した食事に含まれる栄養素が実際に消化管から吸収され、体内の機能維持のために役割を果たす割合のことをいいます。
◇アルギニン
免疫機能を高め、がん細胞の成長や転移を抑制したり、創傷治癒を促進したりする
◇グルタミン
免疫機能を高め、がん細胞の成長や転移を抑制したり、腸管の防御機能や消化機能を助けたりする
◇グリシン
シスプラチン(抗がん剤)による副作用(腎毒性)を軽減する効果
3.脂質
炭水化物やタンパク質と異なり、がん細胞は、「脂質をエネルギー源として利用することは苦手」だと一般的に考えられています。一方、どうぶつは脂質をエネルギー源として利用できますので、「がんを発症したどうぶつが、がん細胞にエネルギーを与えてしまうことを抑えながらエネルギーを得る」という点では、炭水化物を控えて脂質を増量した食事が効果的ではないかと考えられています。
なお、脂質にはいろいろなタイプがあり、タイプにより腫瘍に対する働きが異なることが指摘されています。例えば、オメガ(ω)3タイプの多価不飽和脂肪酸(特にエイコサペンタエン酸 (EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)など)は、がん細胞の成長や転移を抑制し、免疫力を増強、悪液質を改善する効果などがあると考えられています。
一方で、オメガ(ω)6タイプの多価不飽和脂肪酸(リノール酸、γ-リノレン酸など)は、がん細胞の成長と転移を助長する可能性があることが指摘されています。がんの食事療法で脂肪を強化する場合には、どのようなタイプの脂肪酸が含まれているかをよく検討する必要があるといえます。
以上のようなことから、現在のところ、がんを発症したどうぶつには「炭水化物を制限し、生体利用効率の高い良質なタンパク質を適量含み、脂肪(特にオメガ(ω)3脂肪酸)を強化した食事が良い」と考えられています。
ただし、次のように、治療中の病気がある場合は、主治医の先生とご相談された上で利用されることをお勧めします。
◇糖尿病の治療中である場合
経口血糖降下薬やインスリンによる治療を行っている場合、炭水化物を制限することが低血糖症につながるリスクがあります。
◇肝臓病で肝性脳症のリスクがある、あるいは腎臓病の治療中の場合
これらの治療にはタンパク質の制限が必要な場合があります。
◇膵炎の既往歴がある、あるいは膵炎発症のリスクがある場合
高脂肪食によって膵炎を発症する可能性があります。
食欲のないどうぶつが栄養を摂取するために
どんなに栄養学的に優れた食事でも、どうぶつが食べてくれなければ意味がありません。
がんにかかったどうぶつは、痛みや不快感などの、がんそのものによる症状や悪液質による症状、治療の副作用など、さまざまな原因で食欲が落ちてしまうことがあります。そのようなどうぶつに食事を摂らせるために気をつけてあげたいことを次にご紹介します。
1.痛みや不快感はできる限り取り除く
がんにかかっているどうぶつは慢性的な痛みから食欲不振に陥っていることが多いのですが、 痛みのコントロールをすることで食べられるようになることが多くみられます。
どうぶつのQOL(quality of life:生活の質)を維持するためにも、できるだけ積極的に疼痛(とうつう)(※)を管理することが勧められます。また、抗がん剤治療の影響で吐き気や食欲不振の症状がみられる場合もありますが、痛みや吐き気、不快感などを軽減するための治療を行うことが食欲の維持につながる可能性があります。主治医の先生とよくご相談の上、積極的な対応をされると良いでしょう。
※痛みを示す医学用語が疼痛です。
2.美味しく食べさせるための工夫をする
(1)温める
食事を温めて香りを漂わせることで食欲が増すことがあるようです。電子レンジ等で温めたり、ドライフードであればドライヤーの温風をあてたり、お湯などをかけたりして、食事の匂いを立たせてみましょう。
(2)風味を付ける
煮干しやカツオブシなどからとった出し汁やお肉の茹で汁をフードにかけたり、好みの肉や魚、野菜を風味付け程度に少量加えてみても良いでしょう。ただし、治療に食事制限が必要な場合などは主治医の先生に相談してからにしましょう。
また、高栄養の療法食の缶詰や栄養補給用のペースト状のサプリメントなどを利用すると、 少量で栄養を補給することができます。これらは食欲が落ちてしまった時でも食べられるように嗜好性が高く作られていますので、食事にトッピングすることでよく食べてくれることがあります。
(3)運動量を増やす
病状にもよりますが、体を動かすことは、お腹を空かして食事を美味しくするためにも大切なことです。体調が良さそうであれば、無理のない範囲で運動させてあげましょう。お天気の良い日など、美味しい空気を吸って、芝生の上を歩いたりベンチに座ってお話をしてみてはいかがでしょうか。
(4)食事の時間を「楽しい時間」に演出する
食べないと心配になり、食事の時間に重い雰囲気が漂ってしまい、どうぶつがますます食欲をなくしてしまうことがあります。食事は楽しい時間であると思わせるためにも明るい雰囲気を作ってあげましょう。食べることが嬉しくなるように、少しでも食べたら「美味しいね」などと明るく声をかけてみましょう。
(5)どうぶつの状態に合わせたサポートをする
単に「食欲がない」というだけではなく、体の状態が原因で「食事が摂れない」、「摂りたくない」という場合もあります。どうぶつの状態をよく観察し、より快適に、楽に食べられるようにサポートをしてあげましょう。
例えば、痛みのために下を向いて皿に顔をつける姿勢が辛いというのであれば、高さのある台の上に皿を置いてあげたり、口元まで食事を運んであげたりすると良いでしょう。
口の中に病変があって食べたり飲みこんだりすることが辛そうであれば、ドライフードをウェットフードにしたり、流動食にしてみるなど、食事の形態を変えてみることで食べられるようになる可能性もあります。
3.食欲増進剤について
疼痛管理や食べさせるためのさまざまな工夫をしても食べないという場合には、食欲増進剤を使用してみるのも一つの方法です。現在のところ犬、猫に使用できる食欲増進剤にはメトクロプラミド(犬用、猫用ともに注射および飲み薬)、ジアゼパム(猫用に注射)、シクロヘプタジン(猫用に飲み薬)などがあります。一時的にこのような薬を使用して食べさせることで、「食べる」というリズムが作られ、体力が戻って薬がなくても食べられるようになるという場合もあります。状態にもよりますが、比較的副作用も少ない方法ですので検討していただくと良いでしょう。
4.強制給餌(きょうせいきゅうじ)/経管栄養(けいかんえいよう)
いろいろと工夫をしても、どうしてもどうぶつが食事を受け付けないという場合、最終的な選択肢として「強制給餌」あるいは「経管栄養」という方法があります。
「強制給餌」というのは、どうぶつに強制的に食事を与えることです。具体的にはウェットフードを指で上あごに付けたり、流動食や軟らかくしたウェットフードをシリンジなどで口の中に入れたりします。比較的手軽にできますが、「食べたくない時に強制的に食事を口の中に入れられる」ということがストレスとなってしまう可能性があります。
一方、「経管栄養」とは、体外から消化管内にカテーテル(チューブ)を利用して流動食を投与する方法です。犬や猫で一般的に行われるのは、経鼻食道チューブ、経食道チューブ、胃瘻(いろう)チューブを利用する方法です。
「強制給餌」のようなストレスを与えることなく、どうぶつの食欲にかかわらず栄養的に理想的な食事を確実に摂取させることができます。また、投薬を嫌がるどうぶつの場合にも、チューブからストレスなく投薬が行えるという利点もあります。一方で、経食道チューブ、胃瘻チューブの装着には鎮静や麻酔処置が必要となり、どうぶつの状態によってはリスクを伴うこともあります。
完治の見込みのないどうぶつが自分から食べなくなってしまい、痛みを取ったり食事を工夫したりして、あらゆる手を尽くしても食べないとき、どのような選択を行うかは、たいへん悩むところです。特にどうぶつ本人の意思とは関係なく食事を強制的に摂らせることになる「強制給餌」や「経管栄養」は、「延命ではないか」「余計に苦しむ時間を長引かせるだけではないか」と悩まれる飼い主さんも多くいらっしゃいます。確かに栄養的にきちんとサポートしてあげることは延命につながると思いますが、それがすぐに「苦しむ時間を長引かせる」ということになる訳ではありません。栄養をきちんと取ることは悪液質の進行を遅らせることにつながり、どうぶつの「辛い」「苦しい」「しんどい」という状況をできる限り緩和し、場合によってはそのような状況に陥る時間を短くしてあげられる可能性もあります。
一方で、「どうぶつの"食べない"という意思を尊重したい」「自然にまかせて逝かせてあげたい」という考えをされる飼い主さんも多くいらっしゃいます。いずれも愛するわが子のためを思いやった選択肢であり、間違ってはいないと思います。
同じがんであっても病気の進行や体の状態は、それぞれのどうぶつによって異なり、すべての どうぶつが同じ道筋をたどっていくわけではありません。そのため、どの段階でどのような選択をすることが最善かということに対して、正解がある訳ではありません。
大切なことは正しい知識をもった上で、わが子にそのときに最善と思われる方法を選択するということです。飼い主さんが自信をもって看護にあたることで、わが子に安心して病気と闘う勇気と自信を与えてあげましょう。
※コメント欄は、同じ病気で闘病中など、飼い主様同士のコミュニケーションにご活用ください!記事へのご意見・ご感想もお待ちしております。
※個別のご相談をいただいても、ご回答にはお時間を頂戴する場合がございます。どうぶつに異常がみられる際は、時間が経つにつれて状態が悪化してしまうこともございますので、お早目にかかりつけの動物病院にご相談ください。
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